10代の地図帳】

羽賀 翔一 さん(漫画家)

 『君たちはどう生きるか』。強く問いかけるタイトル、眼鏡の奥にある少年の燃えるような眼差しが話題にのぼりはじめたのは昨年8月。太平洋戦争へ向って、軍部独裁がいよいよ色濃くなる日本を憂い、描かれた不朽の名作の漫画化だが、発売からすぐ爆発的人気を博した。作者は漫画家・羽賀翔一さん(31)。「純マンガ」とも呼べる澄明なスタイルの源泉はどこか。十代の地図を開いた。

 どんなお子さんでしたか

 小さいころから絵が好きで、よくチラシの裏とかに描いていましたね。両面印刷だとダメなので、一生懸命、片面のものを探すんです。やっと見つけると嬉しくてね。4つ上の従兄弟とふたり、夢中で絵の世界に没入しました。実家は保育園を経営していて、幼い僕の心はいつも教育現場のただなかだった。そんなことから大学でも教職を選んで——。そういうのは今回の本にも少なからず出ていると思いますね。

 他にどんなものに興味を

 野球が好きだったので、小学校が終わると必ずみんなで集まっていました。近くに「コミュニティー広場」という小さなグラウンドがあって、そこで暗くなるまで汗まみれになって白球を追った。一方で、やっぱりそのころにはもう漫画も描いていて……。描いたものを母親に読ませたりだとか、学校に持っていってクラスメイトに回し読みをさせて、感想をもらったりしていました。

 当時好きだった漫画家は

 一番影響を受けたのは『まんが道』という藤子不二雄A先生の作品ですね。半分自伝のようなつくりで、藤子F不二雄先生との出会いから漫画家デビューまでの道のりが克明に描かれるんですが、それがすごく迫力ある青春群像劇なんです。それを読んだとき、漫画家ってこんなに格好良い仕事なんだ、と衝撃を受けた。その作中に、自分の描いた漫画を友達に見せるシーンがあるんです。僕がクラスに自作の漫画を持ち込んでいたのは、この真似事なんですよ。

 そのころ描いた漫画は

 いろいろ描きましたが、一番思い出深いのは、小学校5年のときに描いた『勉強』という漫画です。ある少年の脳ミソのなかの世界が舞台になっていて、そこに「天才くん」という主人公がいる。そこには「0点大魔王」という悪役もいてという図式なんですが、その世界では「40点マン」「30点野郎」というふうに、点数が低いほど強敵なんです。それを「天才くん」率いる「分度マン(分度器)」とかの学用品をモチーフにした正義のキャラクターたちが倒していくんですが、すると脳みその持ち主である少年の成績が上がっていって……、そんなお話を描いていました。

 漫画家を志したのは

 「漫画家になりたい」というのは、小さいころからずっと思っていましたね。でも高校生になったころ、急に自分が描いているものがオリジナルじゃない、どっかから借りてきたものを描いてるという気がしてしまった。それで一気に漫画を描くのが楽しくなくなっちゃったんです。そこから全然描かなくなった。まわりには一緒に漫画家を目指す仲間もいなかったし、小学校のときのようにクラスで回し読みをするような雰囲気もない。漫画づくりを再開するきっかけを持てないまま、でもなにかものづくりをしたい。どうすればオリジナルの作品を作れるんだろう……と、ひとり悶々としていました。

 高校時代の思い出は

 高3のとき、潰瘍性大腸炎という病気にかかり2ヶ月を病院のベッドで過ごすことになりました。釘のように太い針で点滴を受けながら、まずひと月を絶食するんですが、なにしろやられているのは腸で胃はまったくの元気のわけですよ。病室の窓からラーメン屋が見えるんですが、やがて日が落ちて、そこに明々と提灯が灯ると……、辛かったですね。そのころそれを「命の灯火」と呼んでいました。絶食の間、口にするのは薬を飲むときにふくむ水だけで、それはまぎれもないただの水道水なんです。ところがそれがだんだん甘く感じてくる。味覚が研ぎすまされてくると、水道水は甘いんですよ。そのときの経験はすごく印象に残った。『ケシゴムライフ』という僕の作品に入院患者が登場しますが、これはこのときの体験を下敷きにしている。そういうふうに、随所に実体験をちりばめることで作品に説得力やリアリティーを与えられるというのがだんだん分かった。

 スランプの出口は

 大学生にさしかかるころ、漫画から漫画を出力するんじゃなくて、漫画以外のものをインプットして、そこを起点に漫画を作れないかと考えだした。そこからたくさん本を読んで——。そうすると、あっこういう物語があるんだ、こういう台詞の感性素晴らしいな、というのが沢山あって。それで、次第にこういうものから漫画に変換できないかと思い始めた。そういう考え方に切り替えてからですね、だんだん漫画と向き合えていった。結果論ですが、今回の本が、漫画のフォーマットとはちょっと違うところから作られているのも、そういうのが底にあります。

 印象深い本は

 村上春樹さんの『海辺のカフカ』ですね。読んで思わず「なんじゃあこりゃあ」とひっくり返った。こんなに文章って読みやすいものか——。それまで読書をするたび感じてきた読み難さ違和感がまったくない。スラスラ読めるし、音楽を聴いているように身体に浸透する。なのにその内容は、なにか透明な壁に触っているような不思議な手触りがあって……、それでこれは一体なんなんだろうと。それでもう著書を片っ端から読んでいった。国会図書館まで足を運び、絶版になった村上龍さんとの対談にも目を走らせた。いま思うと、そこで村上さんの仕事の仕方や、考え方を学んだ部分もあったと思いますね。村上さんはインターネット黎明期に、読者の声をメールで募り、全部返信する、というような企画もやっているんです。そんな些細なところでのユーモアや真摯さもまた素晴らしくて。翻訳本もたくさん手掛けられているので、そこから枝分かれしていって、じゃあサリンジャーも読もう、とか。そういうふうに読書の幅も広がっていった。結局、人と同じことをしていても同じような漫画しか描けないですからね。ある種、少し違う文脈、道を辿って漫画にアプローチしたのが良かったのかなと思います。

 学習院大学に進学します。漫画家の夢に揺らぎは

 それが意外にないんですよ。若者によくありがちな

「本気出せば漫画家になれる」なんて傲慢を僕も人並みに持っていて(笑い)。ただ、なにを作ればいいのかは分からない。それでも漫画を作りさえすれば絶対「良い」と言ってくれる人はいるはずだ、と。それで最初に描いたのが『インチキ君』という作品だった。ちょうど卒業論文の時期で厳しかったけど、なんとか完成させると奨励賞を受けることができた。でも当時は、けっこううまく描けたナ、と思っていたんだけど、いま見返すともうほんとに落書きみたいな絵で……。ただ確かに絵は商品のフォーマットにはなっていないんですが、ストーリーやキャラクターは自分じゃなきゃ描けないというか。きちんと思考を重ねて生み出した、自分なりの文脈や組み立てがちゃんと結晶している。そこを編集者は面白がってくれて——。絵は練習すれば上達するけど、どう物語を作るかっていうのは自分との戦いなんですね。そういうところを見てくれた人と最初に組めたのは大きかったなと思います。

 大学卒業の時期がきます

 教職に就くか漫画家になるか、それとも大学院に進むのか……、いろいろ考えたりはしましたね。それでも、受賞の電話を受けた瞬間、もうこれでやっていこうと決めました。思えばスランプだった高校生のころ、夜中にハッと起き上がり、自分は将来なにをしているだろうと真剣に考えたことがあった。いろいろ想像するんだけど、やっぱり漫画を描いてる姿が一番しっくりくる。明くる日、さっそく道具を取り出して描こうとするんだけど、やっぱり面白いものが描けない。そんな葛藤がずっとあって……。まわりの漫画好きな人たちと比べれば蔵書も少なかったし、雑誌、週刊誌を読む習慣もなかった。いわゆる漫画少年で、たくさんの漫画に触れて、漫画サークルに入って、という道とは全然違うんだけど、漫画のことはずっと頭にあった。

 仕事を受けての印象は

 この話をもらったのが29歳のときで、30手前なのにヒット作もなく、まさに僕自身、「漫画家としてどう生きるか」みたいなときで(笑い)。それまで原作付きはやったことなかったけど、まずは読んでみようと、もらった岩波文庫をめくった。そうして一読して自分の世界観と近い表現だな、と思った。『君たちはどう生きるか』って非常に強いタイトルなので、なにか訓示的なものが書かれているんじゃないか、という先入観があったけど、読んでみたら人物がすごく生き生きしてて、キャラも立っている。これは是非漫画にしたい、と。

 本を作る過程で苦労は

 一番悩んだのは、「おじさん」のキャラクターですね。というのも、原作のままだと、少し押し付けがましいというか、どうしても説教臭くなってしまうところがある。そこはなるべく主人公「コペルくん」と一緒に並走するようにしたいわけです。完全に上からのベクトルではなくて、おじさん自身も悩んだり、もがいたり——。メンター(指導者・助言者)自身にもそういうものがあるという、そういうリアリティーを付け加えていくバランスが一番苦戦したかなと思いますね。

 本を通じてメッセージを

 この本が時代を越えて読み継がれているのは、「これが善である」というのを言っているわけじゃないからだと思うんです。例えば、いじめっこが反撃を受ける場面では、悪役のいじめっこが少数派に落ちることで、義に憤る学友たちがむしろ加害者側になるという転換が起きている。これは、善や悪というのは元来流動的なもので、自分自身でつねにしっかりと考えつづけなければ、無自覚なままいつでも悪に加担する危険性があるんだと示している。これっていつの時代にも言えることだと思うんです。そういうのがやはり面白いし、いまの人にも響くのかなと思います。タイトルの強さにひるむ人もあるかと思いますが、達観した人物の人生観ではなく、本を通して一緒に生き方を探って行くような親しみあるつくりです。そして理屈や論理だけでなく、根っこには感覚にもとづいた叙情的な文学性がある。「コペルくん」の思春期がまさに花開いてゆく最中に、血の通う気付きや目覚めがある。この表現こそ、作品の最大の魅力です。ぜひ多くの人に手にとっていただければと思います。

 

はが しょういち 1986年、茨城県生まれ。学習院大学卒業。2010年『インチキ君』で第27MANGA OPEN奨励賞受賞。2011年『ケシゴムライフ』をモーニング誌で短期連載(2014年単行本発売)。20142016年「ダムの日」をPRESIDENT NEXT誌に連載(2016年『昼間のパパは光ってる』に改題し単行本化)。2017年、吉野源三郎著『君たちはどう生きるか』の漫画化にあたり漫画を担当。同作は190万部を超える大ヒットを記録している。

 

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