●トップページ

10代の地図帳】

柚木 麻子 さん(小説家)

 大人の女性心理に鋭くメスを入れた『ナイルパーチの女子会』、女性犯罪者の本能に人の業を垣間見する

『BUTTER』いずれも女性をテーマにスポットライトを集束し、鮮やかに描き出した快作だ。作者の柚木麻子さん(36)は、女子校出身の自らの経験を手がかりに、女同士の友情、連帯を見つめるが、そのルーツ、創作の核はどこにあるのか。青春の地図を訊ねた。

 どんな子ども時代を

 小さいころから本やテレビ、それにおしゃべりが大好きな、どちらかといえばインドア派の子でしたね。

 中学・高校は女子校に。興味の中心は

 お菓子づくりがすごく好きで、よく家で焼いては、いそいそと学校に持って行きました。あとは、相変わらず本にはずっと親しんでいました。

 そのころの目標は

 もう、小学校のときからずっと小説家になりたくて。でも、どうやってなるのか、が分からなかった。

 大学は仏文を専攻します

 当時は若者文化の中心のひとつに『オリーブ』(女性向けファッション誌)があって、活字好きな私も当然その世界に浸っていた。パリにはきっとなにかいいことがある若者の間に浮遊するフランス文化の憧れに私も自然、感染して……。気付けば当たり前のように仏文科を目指していました。立教大学を選んだのは、仏文科が有名だったからです。入ってみるとすごく女子率が高くて、女子校から共学にきたと思ったのに、すっかり女子大に来たような雰囲気でした。

 大学時代の読書は

 やっぱりフランス文学はよく読みましたね。とくに、つい先日、お芝居のパンフレットも書いた仏作家コデルロス・ド・ラクロの『危険な関係』は、縁の深い作品です。

 当時の思い出は

 ちょうどそのころテレビで、ドラマ『池袋ウエストゲートパーク』(池袋西口を舞台に不良少年たちの抗争を描いた物語)が放送していて。そんなこともあって池袋が少し危険な時期だったんです。西口を中心に混沌がバラまかれる池袋の街が4年間を通じて少しずつ変化してゆく様子が面白かったですね。

 そのころの過ごし方は

 テレビの制作会社のアルバイトが週に1回。これはADではなく書き手としてだったので、空いている時間でプロットを書いて、パン屋さんでもアルバイトをして。もちろん、それと平行して学生生活も送っている。普通の大学生でしたね。

 大学卒業の時期がきます

 物書きになりたいのはやまやまでしたが、やはり、社会に出ていきなりそのポジションを得るのは難しい。それで小説家はいったん諦めて、普通の就職を選ぶことにしたんです。でも、食品メーカーの商品開発室に入ったんですが、向いていなかったのか、どうも仕事がうまくいかない。結局、職場に迷惑をかけてしまうんじゃないかと、2、3年でやめてしまって……。周りの方にはよくしてもらっていたので申し訳なかったんですけどね。ただ、食品開発現場の仕事内容を知れたことは、執筆にすごく役立っています。

人生は流転——

そしてついに天職へ

 小説家の志はいつごろ

 社会人生活を送り、その後いろいろなアルバイトをする中で小説を書くしかないと小説を書き始めて。そこからなんとかデビューにこぎ着けた感じです。

 小説家になるのに苦労は

 最初は応募しては落ちるの繰り返しでしたね。それでも、一時は落ち込んでも、どうせまた書きたくなる、そしたらまた出せばいいやって思えた。仕事ならこうはいかないと思うんですよ。多分嫌になる。自分のペースで好きな時に書けるからこそ、うまくいったんだと思います。

 創作意欲の源泉は

 今まで、どんな仕事もうまくいかなかったので、とにかく職業を持ちたかった、というのがそもそもの出発点でした。でも最近ふと、自分はなんで小説を書いているんだろう……、と思う事があります。そうすると、やっぱり女の子の友情を書きたい、というのが核にはあるんだな、と気付いて。一番初めに書いた小説は親友のために書いたものだし、はっきりと「友情が書きたい」と始めたわけではないけれど、結局そういうことなんだろうな、と思います。

 ルーツはやはり中・高の女子校時代でしょうか

 そうですね。もちろん、今でもすごく仲良くしている友人もいるんですが、なにしろ関わった人数が膨大です。一時期はとても仲が良かったけれど、今では連絡先も知らないというような学友も沢山いる。そういうふうに、私の人生には山のように女の子がいて、もの凄く関係性も濃かったのに、今の繫がりは一見希薄に見える。でも、じゃあその子たちとの友情も、もう全く無くなったのかと言えばそうじゃないと思うんです。友情かなにかはわからないけれど、確かにそこにはどこか連帯感のようなものがあって……。そういう部分を書いていきたいと思っています。

 小説家の難しさは

 今も、ときに作品についての厳しい評価をいただくこともありますが、それでも、今まで働いたなかで比較的怒られなかったのが小説家だったので……。自分に向いていない仕事をやめていって消去法で小説家になった部分もあるかもしれませんね。仕事もアルバイトも、それまでひとつとして満足ゆく成果を得られなかった。その中で唯一、これならできると思えたのが小説家だった。でも確か英作家ジョージ・オーウェルも言っているんですよ「小説家は25までに何者にもなれなかったものがやる仕事である」って。

 書いてみたいジャンルは

 米女性作家フランシス・ホジソン・バーネットみたいな児童文学や『風とともに去りぬ』のように、本当にエンターテインメントで女の人の環境を書いてみたい、という気持ちはありますね。

 十代にアドバイスを

 その時期、時代にはこういうことを絶対にした方がいい、というのは私はとくにはないんです。ただ、十代はいつも輝いていて、なにをしていても楽しいという大人や社会からの決めつけにプレッシャーや息苦しさを感じることも多いと思います。そんな日々の中で、たまには、つまらなくて一日ぼーっとしている日があってもいいんだよ、というのは言いたいかなと思います。


ゆずき あさこ 1981年、東京都生まれ。立教大学卒業。2008年「フォーゲットミー、ノットブルー」でオール讀物新人賞を受賞。受賞作を含む連作短編集『終点のあの子』でデビュー。15年『ナイルパーチの女子会』で山本周五郎賞を受賞。主な著書に『早稲女、女、男』『ねじまき片想い』『伊藤くんA to E』『その手をにぎりたい』『BUTTER』『さらさら流る』など。15年にテレビドラマ化された『ランチのアッコちゃん』は、シリーズで累計38万部を超えるベストセラーとなっている。

Copyright (C) 2003-2016Yugyosha. All Rights Reserved.

●BACK●
inserted by FC2 system